『ANGEL VOICE 17』 / 古谷野孝雄
2010.08.18 22:45
※ネタバレとなりうる要素を含んでいますのでご注意ください
ひたすらに面白くあり続ける、『ANGEL VOICE』17巻の感想です。
千葉県新人大会の1回戦。
市蘭サッカー部は、六原学館を相手に残り5分で8-0と圧倒。
一方で高い目標を持って戦う“強い”市蘭を相手に、自分たちの再出発のため何とか1点を取ってやろうと懸命に戦っていた六原学館のメンバーたちでしたが、さすがにこの状況には心が折れそうになっていたところで・・・
「キっ…… キミたちっ!! 頑張りなさい!!」
と、声をかけたのは、名目上監督という立場であるだけで、実質サッカーに関して素人である窪田先生でした。
敵役側のエピソードではありますが、この窪田の言葉をきっかけに、六原学館の“何か”が変わるのか・・・といったところから、17巻の話は始まっていきます。
そして、17巻では、六原学館戦の決着に、冬の選手権予選で戦い六原学館戦の偵察にも来ていた美浜学園幕張と再戦することになる3回戦の様子が描かれていきます。
いやぁ、今回も面白いです。面白すぎです!
エンボイらしいドラマを描いた部分にギャグ描写、そしてサッカー描写も地味なんですけど丁寧に練られていて面白かったですねー。
17巻は、“成長して強くなった市蘭サッカー部”というのをテーマに読んでいくと面白いかなと思いました。
※
まずは、六原学館戦の決着。
名目上監督という立場であるだけで、実質はサッカーに関して素人である窪田ではありますが、16巻のラストに続き17巻でも何とか生徒たちの力になりたいと、素人なりに自分にできることをやろうとしていきます。
・・・しかし、その気持ちは空回りする結果となり、生徒たちを落ち着かせるため残り試合時間を勝手に水増しして伝えた行為が相手チームを惑わす言動と取られ、主審から警告を受けてしまいます。
それだけならまだしも、自分の誤解を解きたいがために、主審の警告に対し思わず抵抗してしまった窪田は、なんと退席処分をも受けることになってしまうのです。
・・・本当すごいですこの作品。
悪意なき行動がきっかけで監督が退席処分とか・・・、そんな前代未聞の出来事を上手く物語の中に絡めてしまうんですから。その発想に驚かされます。
ですが、そんな窪田先生の思いは生徒たちに伝わったようで、六原学館は何とか一矢を報いる1点を市蘭から奪います。
喜びを爆発させる六原学館のメンバーたちの姿を見て、敵役ながら心打たれるものがありました。
そして、さらに試合を偵察に来ていた“美幕の江崎”(美幕の1年間出場停止のきっかけを作った男)が、退席処分となった窪田先生に1点を取ったことを伝え、試合を見るように促す・・・、この心憎い描かれ方がまたたまらなかったです。
窪田先生にとっても、六原学館のメンバーにとっても報われる結果となった結末。
そして試合終了後、「ありがとよ」という言葉を伝える六原学館のメンバー。
この“ありがとう”の持つ意味・・・。
市蘭イレブンもかつて船学から9点を取られた後に1点を取り返し、それが希望の光となったという経験があります。
なぜそこまで心から喜べるのかと言えば、それは相手が強いから。
「そうっ!! 相手が強いから」
対戦相手の六原学館を通じて・・・
「オレたち…… 強くなったんだなあ」
自分たちが“強者”の側に立ったことを実感する市蘭イレブン。
この描写がまたいいんです。
六原学館戦のその圧倒的なスコアを見れば、そればかりか、試合中に練習で取り組んでいたサイドチェンジを実戦の中で初めて成功させた描写を見たって、十分すぎるほどに市蘭イレブンが成長したことが見て取れますし、読む方も胸が熱くなりました。
しかし、古谷野先生はそれだけにとどまらず、六原学館という相手チームを通じて、敵役を上手く立てた物語で魅せながらも別の視点から市蘭サッカー部の成長をしっかりと見せている・・・、この2段仕掛けの見せ方がまた素晴らしかったです!
本当、古谷野先生は、どこまでも丁寧で読ませる物語を創り出してきますよね~。
※
六原学館を破った市蘭は、続く中山工業を4-0とサクッと打ち破り、3回戦へと進んでいきます。
3回戦の相手は、冬の選手権予選でも対戦した美浜学園幕張。
しかし、相手は決して弱くない相手なはずなのですが、メンバーたちのモチベーションがどこか噛み合わない。
その理由は、一度美幕を倒しているという事実からくる自信、そして、“初心者ばっかり”だった自分たちの方があの時よりも成長しているし伸びしろもあるという自負からくる自信でした。
そして、いざ蓋を開けてみると、嫌な予感が的中してしまう展開に・・・。
美幕戦では、サッカー描写の部分の面白さを見せてくれます。
前回対戦時とは違い、4-3-3の布陣で挑んでくる美幕。
4-3-3の布陣のメリットを活かしつつ積極的な攻撃を仕掛けてくる美幕に対して、初めて4-3-3の布陣と対峙し戸惑う市蘭守備陣は、相手の攻撃に上手く対応できず早々に先制点を許し、さらに2点目までも許してしまいます。この布陣の差と対応力が序盤の戦況が決めていったという描写は面白かったと思います。
そして、市蘭のサッカーが上手く働かない理由はもうひとつありました。
4-4-2の市蘭と4-3-3の美幕。中盤で数的有利を作れるはずなのにもかかわらず、攻撃の形がまったく作れないでいるのは、中盤特に両ワイドの尾上と二宮がボールを持ちすぎて球離れが悪くなっていることにありました。いくら練習を積んでボールを持てるようになったとは言っても、全体のレベルで見ればそれは決して高いものでもない。それが攻撃のリズムを崩してしまっている。
それには、新人戦前ひたすら個人技を磨き続け成長させたことがボールを持てるような状況を生んだという背景があり・・・、成長したことが逆作用をもたらすようになったという部分が面白いなと感じました。
しかし、個人技を身につけて、ボールを持ちたくなってしまうという、その心理を快く容認する黒木。
ボールをキープすることは楽しい・・・
楽しさを知ることが成長の原動力にもなるし、サッカーを楽しませてやりたいからボールを持つなとは言わないという黒木の親心みたい部分もまたいいなーと思います。
その後、ハーフタイムでの黒木は、いつも通りのプレーができてない者がいると指摘し、それは右サイドでボールを持ちすぎ無謀な突破を繰り返す尾上に対してかと思いきや、「今日のお前からは熱いモノを感じない」と百瀬のことを叱りつけるところを見せます。もちろん、ボールがキープできるようになった彼らの成長についての指摘も忘れません。
そして、ボールを持ちすぎる尾上に対しては、左サイドでシュートを打ちたいという彼の野望に理解を示し、の試合中での左サイド起用を約束して後半のピッチに送り出します。
本来のプレーを取り戻した市蘭が、中盤で人とボールが動き始め主導権を握り、ハーフタイムでお叱りを受けた百瀬が積極的に攻撃に絡みシュートを放つシーンも見られ、1点を返すのも時間の問題と思われた後半。
その状況を見た美幕の監督が布陣を本来の4-4-2に戻し、市蘭と布陣を合わせることで中盤での数的不利を消しにかかる。この采配は、実に的確なものだと思います。
これに対し黒木も動き、尾上には右サイド深くのスペースへ走り込むように指示。
何度か尾上を使った突破を狙ったところで、広能に代えて丹羽を投入。そして、まずは尾上と“百瀬”のポジションチェンジを指示する黒木。
これに尾上は納得いってない様子ですが、それは置いておくとして、右サイド深く突破した尾上のイメージを美幕ディフェンスに植えつけたところでポジションチェンジ。そこに尾上を中盤の底に位置取らせることで、相手のわずかなポジショニングのズレを突いて仕掛けていこうとする市蘭。
この攻撃が成功するのかどうかは、18巻で描かれるところですが、このあたりの両監督の見せる采配。試合の主導権をめぐる追いかけっこというのは、サッカーマンガとして見応えがあるところで個人的には楽しめました。
エンボイのサッカー描写も本当地味なんですけど丁寧で、面白いものを見せてくれます。サッカーマンガの中では、最も現実的なレベルのサッカー描写なのも好きなところです(もちろん、誇張部分も少なからずありますけどね)。
美幕戦は、サッカー描写の部分をクローズアップしましたが、もちろん人物描写やギャグ描写といったものもいつもながらに面白いです。
また長文になってしまうので細かくは取り上げられませんが、ハーフタイムで黒木からお叱りを受けた後の百瀬の言動、尾上の野望の深層部分、過信と受け取るべきかは分からないですが自分を持って戦う脇坂の描写やCBとしての頼もしさ、ギャグ描写も丹羽がバンダナを取ったら・・・とか、華麗にスルーされ続けるじっちゃんとか・・・、とにかく、今回も語りきれない魅力がいっぱいありました。
『ANGEL VOICE』って面白いです。
大事なことなので何度でも言いますけど、『ANGEL VOICE』って面白いです。
今、面白いサッカーマンガはたくさんありますが、その中でも個人的には強い推したい作品のひとつという思いは変わらずに持ち続けてますし、本当もっと多くの人に読まれるといいなと願っています。
※
さて、続く18巻は、美幕戦の続きが描かれていきます。
市蘭のポジションチェンジは成功するのか、尾上の願いはかなうのか、先の展開は知っていますが、また単行本としてまとめて読むのが楽しみです。
■ 掲載
142話~150話
週刊少年チャンピオン2010年17号~26号
市蘭vs美浜学園幕張、丹羽投入、尾上と百瀬のポジションチェンジ発動まで収録。
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