『龍時 10』 / 原作:野沢尚 漫画:戸田邦和
2010.08.17 15:54
※ネタバレとなりうる要素を含んでいますのでご注意ください
連載開始から5年以上を経て10巻まで到達、『龍時』10巻の感想です。
アトランティコからベティスへと移籍したリュウジのシーズン2年目。
9巻では、バルセロナ戦でマッチアップしたプジョルにフィジカルの差を見せ付けられ完敗してしまったリュウジ。
そこでリュウジはリーガで戦い抜くための身体作りに励み、練習では少ないタッチでボールを動かして攻めるメニューにもかかわらず、それを無視しあえて強引なドリブル突破を仕掛ける無茶をしますが・・・、その結果ベンチ入りメンバーからも遠ざかってしまうことに。
4試合ベンチ入りできないでいたリュウジでしたが、エドゥが練習のケガのため大事を取って欠場、その代役としてベンチ入りのチャンスが巡ってきます。
対戦相手はバレンシア。
リュウジがU-17選抜チームの一員として出場した、あの国立でのスペインU-17代表として試合に出場し、リュウジにとっては因縁の相手とも言えるビクトル・ロペスが所属するチーム。
10巻では、ほぼまるまるそのバレンシア戦の様子が描かれていきます。
このバレンシア戦、コミック版の方ではしっかりと描かれてますが、原作の小説の方ではあっさりと流されている試合で、つまりは、10巻の大半がコミック版のオリジナルということになります。
試合は、まさにビクトル劇場(ビクトルのプレーをクラシックの名曲になぞらえている表現が面白い)と言わんばかりに展開され、バレンシアが前半のうちに2-0とリード。
両チームの圧倒的なパフォーマンス差に苛立ち、また、ビクトルとの再戦に執念を燃やすリュウジも早くオレを出せと監督に視線を送りますが・・・、なんとか流れを変えたいと考えてたのはチャパーロ監督も同じだったようで、あっさりと前半のうちに出番が訪れます。
リュウジは何とかしようと試みるも、好調バレンシア相手にカウンターを恐れる味方選手たちはチャンスの状況にもかかわらず攻撃に出てこようとせず、強い危機感を感じます。
そして後半、それでも諦めないリュウジは、いくら途中出場とはいえ、そんなに闇雲に全力ダッシュを繰り返したらあっという間に乳酸がたまってすぐに動けなくなるぞってぐらいに走り回ってチームを助けます。
そんなリュウジの動きに触発されたベティスの選手たちは、“動物園の檻”から抜け出し、積極果敢に攻めて1点を返すことに成功。このあたりは、少年マンガ的な熱さが感じられますね。
さらに同点に追いつくため攻め続けるベティスでしたが、再びビクトルが牙をむき、1-3と逆にバレンシアにリードを広げられてしまいます。
この時、リュウジの怒りをさらにかき立てたのは・・・
「捨て身に走ったベティスに反撃する力は残っていない……
確か……日本人は戦争の時帰りの燃料を積まない
“特攻隊”ってので戦ったと聞いたことがある……
今日のベティスはそんな感じ…… だろ“14番”!」
という、挑発的なビクトルの言葉でした。
試合前、以前国立で戦ったリュウジのことなど覚えていないというそぶりを見せたビクトルでしたが、実はしっかり覚えていた・・・!
なんとか、自分の存在をビクトルに刻み付けてやりたいリュウジは、3点を奪って試合への気力をオフしようとするビクトルに対し、イエロー覚悟で思いっ切り削りに行きます。
「……全くもって嫌になるよ……
雑音(ノイズ)がうっとうしくて仕方ない………!」
という態度を示すビクトル。
それでもリュウジは・・・
「……あの日
日本選抜対スペインU-17の試合があったからこそ
今のオレがある!!
そしてビクトル……オマエというプレーヤーと出会い……
オレの求めるサッカーを目の前で見せてくれたオマエとの出会いを……
オレは感謝すらしてるくらいだぜ……
……けどな まだ返してねぇ
オマエから味わった“敗北感”ってヤツを返してねぇんだよ……!!
たとえ今日の試合負けに終わるとしても
オレはこのまま終わるわけにはいかねぇんだ
わずかな傷跡でもオマエに刻み込まなきゃ
終われやしねぇんだよッッ 勝負だビクトル!!」
と、自分の思いのすべてをぶつけるため、1対1の勝負をビクトルに仕掛けていきます。
しかし、リュウジの動きを視線によってしっかり読んでいたビクトルに、軸足にボールを当てて股を抜くとっておきのリュウジのドリブルは止められてしまいます。
それでも諦めないリュウジは、ビクトルの死角から近づいてボールを奪おうとするも、身体を当てられ防がれてしまう・・・。
最終的には、自分の存在を刻み付けるどころか、逆にビクトルに実力差を見せ付けられる形。またもや“敗北感”のみを、血の味を味わわされることとなったリュウジの姿が描かれたところで10巻は終わります。
10巻は、コミック版オリジナルの部分なので、原作ファンの方にとっては、多少見方が分かれるかと思いますが、個人的には単行本としてじっくり読んでいって面白いなと感じました。
『龍時』という作品は、リュウジの(一般な主人公らしからぬ)歪んだエゴイスティックな感性の部分だったり、挫折感の中でそれを飲み込み、踏み越えながらステップアップしていく描写が面白いところだと思ってます。
9巻のプジョルに対する敗北も、今回のビクトルに対する敗北も、原作のもっともっと先が描かれていく時に、今回の描写がきっと生きてくる・・・、そういう今後の布石ということも踏まえて考えていくとより楽しんでいけるんじゃないかと思います。
10巻だけ切り取って読んでいくと、ビクトルが主役クラスで、リュウジは主人公の前に何度もしつこく立ちはだかろうとする小者・・・のようにも見えなくもないんですけどね・・・(苦笑
『龍時』は、原作の小説は今から7年ぐらい前が舞台の話ですが、海外リーグに挑戦していく若者の姿を描いていく作品として魅力的だと思いますし、現在はバルサに移籍しましたがビジャやモリエンテス、ベティス側にもワールドカップで日本戦にも出場したカメルーン代表のエマナといった実名選手たちも登場します(ついでに言うと、原作版のベティスの監督は、この記事を書いてる現在、日本代表監督候補のひとりに挙げられている、ビクトル・フェルナンデスだったり)。
現在、実名の海外クラブ選手たちが登場するサッカーマンガが読めるのは『龍時』だけ!
・・・ということで、個人的にも好きな作品の一つですし、読んだことのない方は一度手にとってみてはいかがでしょうか。
※
続く11巻では、ベティスでプレーするリュウジの姿が描かれていくわけですが、ピッチとは関係のないところでひとりの人物と出会うことになっていきます。
リュウジがベティスでその地位を確立していくのは、まだまだ先のお話ですが、続きを読んでいくのが楽しみです。
■ 掲載
第114節~第125節
ワールドサッカーキング2010年1/22号(No.134)~7/1(No.150)号
リュウジがビクトルに圧倒的な力の差を見せ付けられるところまで収録
タグ : 龍時